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伝えられるコト、できること(3) 蔦子さんの話
祖母の姪で、母の従姉にあたる蔦子さんの事を書きます。


以下、2005年の日記より転載




蔦子さんは、祖母の一番上の兄の長女でした。
女学校へ通う為に、祖母の実家に下宿していて、祖母とは少ししか歳も離れていなかったので、とても仲が良かったそうです。

蔦子さんも、8月6日は市内に居ました。
そして、その日は帰って来ませんでした。

心配した祖母は、蔦子さんのお父さんに知らせましたが、当時小学校の校長をしていたので、避難してくる人も居て、小さな子どもたち(蔦子さんの弟さんや妹さんたち)も居たので、蔦子さんのお父さんは、自分で探しには行くことができませんでした。
そこで、普段から面倒もみていて、仲の良かった祖母が、探しに行くことにしました。
1人では大変なので、祖父にも頼み、2人で行くことにしました。

7日は、探しても探しても、蔦子さんは見つかりませんでした。
街の至る所に黒焦げになった死体があり、まだ炎があがったり、燻ったりしていて、真夏の暑さに拍車をかけていました。
祖母は、道端や川縁、その他至る所にある遺体をひっくり返し、その顔を一つひとつ覗き込み、蔦子さんを探しました。
『あぁ、これが蔦子ちゃんじゃなかろうか、これも蔦子ちゃんじゃないじゃろうか』
と思いながら、顔を確かめていったそうですが、蔦子さんは見つかりません。
避難所や救護所も沢山回り、蔦子さんの名前は見つかりませんでした。

明くる8日も、同じ様に、祖父母は蔦子さんを探しに行きました。
辺りが薄暗くなるまで探しても、蔦子さんの消息は、全く掴めませんでした。
比治山の近くまで来ていましたが、歩いて出ていたので、心細いし、諦めて帰ろうとしているときに、ほかの人から、大河小学校が避難所になっていると聞き、藁にも縋る気持ちで向かいました。

張り出してある名前を見ると、そこに蔦子さんの名前がありました。
蔦子さんは、すぐにわかりました。
祖母が駆け寄ると、蔦子さんの隣に居た見知らぬ中年の女性が話し掛けてきました。
「あんたが良子ねぇちゃんじゃろぅ?」と。
良子というのは、祖母の名です。
「この子は可哀相に、お父ちゃんやお母ちゃんがおらんのんじゃねぇ。
『良子ねぇちゃん、良子ねぇちゃん、台所からお水汲んで来て、飲ませてちょうだい』
って呼びながら、つい一時間前に亡くなっちゃったんよ」
 


蔦子さんの隣に居た、見知らぬ中年の女性の言葉を聞いて、祖母は何とも言えない不思議な気持ちになりました。
自分が探している事など知らないのに、自分の名を呼んでくれていた−でも、最後にせめて一目会いたかった…と。

多くの人が次々と亡くなり、真夏の暑さで死体にはすぐに蛆がわくので、
「死んだ者は早く外へ出せ」
と言われ、祖母は祖父と二人で、蔦子さんを抱えて校庭へ出ました。

校庭には、大きな谷のような、あるいは穴のような所がありました。
そこには沢山の死体が山積みになっていて、後から来たトラックが、その上に更に死体を落としていきました。
そして、一斗缶のような物に入った油がかけられ、火がつけられました。
その炎が、辺りをまるで昼間のように明るく照らしていました。

祖父母は、校庭の隅の草の上に蔦子さんを寝かせ、死体を焼く、その炎の明かりを頼りに夜を明かしました。

翌朝、祖母はありったけのお金を持って、家の近くで唯一のタクシー会社(今は自転車屋さんです)に行き、車を出してくれるように頼みました。
その会社には、車両が一台しかなかったうえに、広島市内は地面が焼けていて、タイヤが痛むので、とても嫌がられたのですが、何とか頼み込み、車を出してもらえることになりました。

祖母は、蔦子さんに着せるため、浴衣を持っていきました。
原爆が投下されたとき、背を向けてしゃがんだのでしょうか、蔦子さんは、背中に火傷を負っていたものの、体の前側はきれいでした。

蔦子さんを車に乗せようとすると、今度はそのタクシーの運転士は、
『死んどるじゃないか』
と嫌がりました。
それはそうですよね。
だれも大事な車に死体なんて乗せたくは無いでしょう。
祖母と祖父は、蔦子さんの体が車に少しでも触れないように、しっかりと抱き抱えて、祖母の実家まで連れて帰りました。
その事を、蔦子さんのお父さんに伝えに行きましたが、前述の通り、避難してきている人もたくさんいるのに、自分の娘の事だけするわけにもいかないので、やはり来るのは無理だと言われたそうです。
役場の人も、早く死体を処理しなさいと何度も言いに来ました。
それでも祖母は、一目だけでも会わせてあげたいと思い、ぎりぎりまで待ちました。
でも結局、会わせてあげることはできませんでした。



(4)に続く





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